南三陸トリビア

月刊おぢゃとも

2012年6月6日

月刊おぢゃとも

今日は、かつて南三陸町内で発行されていたフリーペーパー『月刊おぢゃとも』についてご紹介致します。

月刊おぢゃともとは

月刊おぢゃともは、東日本大震災で甚大な被害を受けた南三陸町で被災された方々を支援すべく、2011年8月に創刊、毎月1回発行され、2012年3月まで発刊されたものです。

創刊当初は、南三陸町内外の仮設住宅など、インターネット環境が不十分な地域を中心に、約1000部配布されましたが、9月号からは4000部に増刷され、地元の商店や施設など、設置箇所も拡大されました。(発行部数は月により多少変動あり)

月刊おぢゃともの紙面について

取り扱う情報は「南三陸町に関するあらゆる情報」で、
主に以下のコンテンツが紙面の中心となっていました。

月刊おぢゃとも 主要コーナー

  • インタビュー記事
  • 南三陸弁プチ講座
  • おらいのレシピ
  • お店再開情報
  • 今月のはなっこ(地元で咲く花の紹介)
  • 4コママンガ「だんごうお係長が行く!」

無料情報誌ですが、特筆すべきは紙面の内容やデザインのクオリティの高さ!
これには

プロの新聞記者を唸らせたほど(実話)

実際に、

地元の新聞・河北新報(東北一の日刊紙)で月刊おぢゃともが記事に取り上げられた

ことがあります。

月刊おぢゃともの「こだわり」

月刊おぢゃともの「こだわり」

  • 地域コミュニティーの再生
  • 情報格差の解消
  • 南三陸町内の情報を町外に向けて発信

「おぢゃとも」とは「おぢゃ」(お茶)の「とも」(友)。

月刊おぢゃともを通じて、被災された方々がおぢゃっこ飲みながら、コミュニケーションをとっていけるような記事作りに心を砕かれたと伺いました。

同紙発行の第一の目的にして、最重視されたおられたのが「地域コミュニティーの再生」でありました。

第二に「情報格差の解消」

震災直後から、ツイッターをはじめ、たくさんの情報がインターネットを通じて提供されてきたことは、皆さまご存知の通りです。

しかし、南三陸町において、こうしたネットワーク環境を誰しも利用できたわけではありません
それによって生じる情報の格差を解消すべく、印刷媒体として情報と提供することが、おぢゃともの重要な使命のひとつでした。

同時に、電子媒体としてもインターネットで公開し、南三陸町(の復興)に関心をお寄せ下さっておられる方々へ、現在の町の動静を知らせる広報の役割も担いました。

第三の目的「南三陸町内の情報を町外に向けて発信」することも、おぢゃともの大切な役割でした。

また、おぢゃともの紙面自体は無料で配布され、電子媒体の購読も無料ですが、有償版の提供(本誌+プレミアム付き特別版)により、おぢゃとも発行を支援する体制もとられていました。

(おぢゃともは企業体として運営・発行されていたわけではなく、有志が集まって、文字通り手弁当で作られたものです。)

2012年3月、惜しまれつつ休刊

こうして、町内はもとより、町外でも読者が誕生するほどの支持をいただいた月刊おぢゃともでしたが、2012年3月号の発行をもって、休刊となりました。

編集委員会の皆さまはそれぞれに仕事や家庭を抱えながらも、紙面の発行に全力を尽くして来られましたが、一定の水準を維持したまま発行作業を行うことが、いかに大変で困難であったか。

休刊の判断が断腸の思いであったことは、同紙の須藤編集長の談話からも明白であり、私たちがあれこれ申し上げることではございません。

参考 須藤編集長の談話「月刊おぢゃともの休刊につきまして」

月刊おぢゃともは休刊しましたが、同紙が町にもたらした功績は計り知れません。

編集委員会にも数多く寄せられた声からも窺い知ることができます。

(余談)2020年5月現在、「廃刊」されず「休刊」が続いております。オフィシャルサイトは今も閉鎖されずに残っております。

管理人きのぷーも、僭越ながら後方支援

蛇足ですが


きのぷー
「いいね!南三陸町」管理人も、月刊おぢゃともの町外読者のひとりであり、編集委員会の皆さまの活動を微力ながら応援して参りました。

震災発生から今日までの間に、このような紙面が発行されていたことを知って下さい!!!

関連サイト

月刊おぢゃとも編集委員会

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きのぷー

2010年南三陸町初訪問。震災後もボランティア活動等を通じて地元との交流を重ね、2012年4月より「いいね!南三陸町」をスタート。町内各地を訪ねて見つけた町の魅力を伝えます。

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